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映画<ネタバレ・あらすじ>本

「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」<ネタバレ・あらすじ>スーチーさんの半生を描いたドラマ映画



The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 [DVD]


◆アウンサンスーチー(ミシェル・ヨ―) 

◆マイケル・アリス/アンソニー・アリス(デヴィット・シューリス)

◆キム・アリス(ジョナサン・ラゲット)

◆アレクサンダー・アリス(ジョナサン・ウッドハウス) 

◆ルシンダ(スーザン・ウールドリッチ)

◆カーマ(ベネディクト・ウォン)

 

<ネタバレ・あらすじ>

The Ladyアウンサンスーチーひき裂かれた愛

 

アウンサン将軍はバンコクにビルマ独立義勇軍を創立しイギリス軍を駆逐、「ビルマ建国の父」として1947年に暗殺された後も敬愛されている。 


<1988年 オックスフォード>

アウンサン将軍の娘アウンサンスーチーは夫のマイケル・アリス博士と2人の息子(キム、アレクサンダー)と幸せに暮らしていた。
ビルマのラグーンでは平和を願う大勢の学生達が1962年から続く軍事独裁政権に対する民主化要求デモを起こすが兵士によって至近距離で射殺された。
その頃、母親キンチーが入院したと連絡がありスーチーはビルマに戻る。
 
スーチーはビルマに戻るとネ・ウィン元大統領から人を使い監視される。
母親が入院している病院の前でデモ隊が兵士の攻撃を受けている現場を目撃してしまいスーチーは言葉を失う。
 
実家にキンチーを連れて戻るとビザが下りた家族もやってくる。
民主化要求デモが続いていることでネ・ウィンは責任を取って辞任し国の未来を問う国民投票が行われると発表された。
そのことでラングーン大学の教授達がやってきて、この国を民主主義に導けるのはスーチーだけでありアウンサン将軍の意志を継いでほしいと頼まれる。
シュエダゴンに複数政党制民主主義を熱望する国民が大勢集まりスーチーは祖国への愛と献身は揺るがないことを語り選挙を要求した。
ビルマ希望の星だとスーチーのもとにはマスコミが駆け付け全世界に報道された。
 
ビルマにいるのは危険なのでキムとアレクサンダーを帰らせる。
マイケルが作った国民民主連盟のビラが山奥までばら撒かれ国民は団結していくが
ネ・ウィンから命じられたセイン・ルイン将軍がやってきてアリス博士のビザが取り消され護送されてしまう。
 
山奥の村人の方まで選挙活動を続けるスーチー。
「基本的人民を守るため民主主義を選択するようお願いします。
平和的方法で誰の命も失ってはいけない。」
 
母親キンチーが亡くなり葬儀は大々的に行われクーデター以降、最大規模の群衆が集まった。
ネ・ウィンに命じられたニュン将軍は英国に戻るよう伝えるがスーチーはビルマに対して任務があり選挙が済むまで帰らないと伝える。
するとスーチーには圧力がどんどんかけられ各地の集会の場には兵士達が押し寄せ中止にさせられる。
スーチーの前にも銃を持った兵士達が現れるが落ち着いて静かに行動するよう伝えスーチーは将軍に向かって歩いていく。
 
ネ・ウィンはスーチーを撃とうとした将軍を射殺した。
アウンサンは殉教者となり死んだら娘までなると考えたからだ。
軍が人々を国境の労働収容所へ連行し用済みとなった国民を射殺しだした。
ビルマ国民が軍にどう扱われているのか国連やアムネスティに訴える。

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<8ヶ月後>
現政権は権力にしがみつき容赦ないが、
父親の言葉「最悪の心構えをして最高を望みます」を胸に元気でやっているから心配しないようアリス博士に手紙を送った。
 
ノーベル平和賞委員会に影響力がありスーチーを尊敬しているフィニス教授に挨拶するアリス。
国際的に高い評価を得ることでスーチーを守れると考えたアリスは推薦するよう願い出てスーチーの業績をまとめる作業に取り掛かる。
 
ビザが下りるが親戚が亡くなりアリスはスコットランドへ行かねばならなくなりキムとアレクサンダーがビルマに入国する。
 
平和賞の可能性があるスーチーを国内・国外から忘れさせようとタン・シュエ(後の軍政議長)が動く。
スーチーは自宅軟禁に処され息子2人以外の者は外にだされた。
集会も禁じられビルマ最大の刑務所インセインにスーチーを補佐する者達は全員閉じ込められた。
 
大使館に連絡せず政治に関わる人と会ってはいけないことを条件に入国したアリスがやってくるが、
スーチーは仲間達が刑務所に入れられたのに自分だけが軟禁なのはおかしいと考えハンストして四日経っていた。
 
アリスがスーチーに会いに行ってから2週間経ち電話回線も切られていることで消息不明とされ外務省がビルマ政府に説明を求めるが拒否される。
このままではスーチーが死んでしまうと考えたアリスは刑務所内の仲間達の拷問をやめるよう提案すると政府は承諾した。
スーチーはハンストを止めるが実際には刑務所で犬のような扱いを仲間達は受けていた。
 
アリスと息子2人がビルマを離れる。
外国人と結婚した者は元首になれない不可解な法律ができ息子2人の市民権すら認めてもらえずパスポートを取り消された。
政府はスーチーを英国に行かせるのが目的なのだ。
 
アウンサンスーチーと国民民主連盟が圧倒的な大勝利を収め国民は祝杯をあげスーチーの自宅周辺には人が集まる。
しかしビルマ軍は選挙で大敗したのに総首相にする気配はなく幹部たちは逮捕されスーチーは軟禁されたままだった。
僧侶たちがデモを起こせば容赦なく至近距離で射殺された。
 
スーチーがビルマ軍により政治的に拘束され3年経った頃、ノーベル平和賞を受賞した。
1991年ノルウェーでの受賞式ではスーチーが出席できないため代わりにアレクサンダーがスピーチをした。
ラジオで聴いていたスーチーは涙する。
 
スーチーは父親や母親からの教えを紙に書き自宅に貼り続けていたためスーチーの言葉に感化していく兵もでてきた。
全アジア連合への加盟要請をしたビルマ政府はスーチーの軟禁を終了した。
自由の身になったスーチーは世界中で報道され家族や仲間達と数年ぶりの再会を果たす。
しかし1994年以降、軍に拒否され続けアリスや息子2人はスーチーに会いに行かれなかった。

1998年 アリス博士は前立腺癌になってしまうが、
スーチーが英国に来れば今までやってきたことや多くの失った命が無駄になってしまうため来てはダメだと伝える。
ノルウェー政府が医療設備付き飛行機を提供しダライ・ラマは侍医を派遣すると言ってもビルマ政府はビザの発行許可をしなかった。
政府はスーチーに英国に行かせ二度と入国させないのが目的だったからだ。
 
アリスは53歳の誕生日に亡くなる。
亡くなる直前までビザが下りるよう申請し続けたが叶わなかった。

<2007年ラグーン>
僧侶達がスーチーの自宅周辺に集まるとスーチーは声援に応えた。
 
15年に及ぶ繰り返し処された自宅軟禁は2010年に解除されたが、
ビルマ軍は今も人権侵害を続け大量虐殺、拷問、レイプ、強制労働を行なっている。
 
私たちの自由獲得のため、あなたの自由を行使して下さい  アウンサンスーチー
(2011年、フランス、イギリス合同制作)