実話映画「戦場のピアニスト」ネタバレ感想/ピアニスト・シュピルマン

 

作品情報・キャスト

ピアニストのユダヤ系ポーランド人シュピルマンの体験記を基にロマン・ポランスキーが映画化してカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝きアカデミー賞で3部門に輝いた作品。

体験記は1946年に刊行されたがシュピルマンが最後に敵であるドイツ人将校に助けられた事でポーランド共産主義政権により処分されてしまいました。後に息子であるアンジェイが復刊に取りかかって1998年に独訳、1999年に英訳版が出版されたことで2002年に映画化されました。

ワルシャワ地区でピアニストとして活躍していたがナチスの侵攻に遭いゲットーに押し込められてしまう。やがて家族は収容所へ送られてしまい奇跡的に免れ崩壊した街で飢えに苦しんでいると敵であるドイツ人将校に助けられる。
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フランスの首都パリで生まれたポーランド人監督ロマン・ポランスキーも幼い頃にゲットーに押し込められ有刺鉄線を切って作った穴から父親によって逃がされている。

両親は別々に連行され母親はアウシュビッツでドイツ人に殺され父親は強制労働に耐えて終戦まで生き残った経験を持ちます。

ユダヤ人狩りから逃げ続けていてシュピルマンの同じ時期に経験している事から完全な実話映画だと思われる。

映像的にかなり残酷な場面もあるのでご覧になる人は注意が必要です。

ウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)ホーゼンフェルト陸軍大尉(トーマス・クレッチマン)ドロタ(エミリア・フォックス)ユーレク(ミハウ・ジェブロフスキー)ヘンリク(エド・ストッパード)ヤニナ(ルース・プラット)アンジェイ(ロナン・ヴィバート)ミルカ(ヴァレンタイン・ペルガ)
 

 

ネタバレあらすじ/戦場のピアニスト

 

ポーランド・ワルシャワ

ユダヤ系ポーランド人のシュピルマンはワルシャワにてピアニストとして有名でした。

第二次大戦中、ラジオ局で収録しているとナチスの爆撃を受けて急いで避難すると友人の妹ドロタと出会います。

家に帰ると両親や兄弟は荷造りをはじめていたがフランスやイギリスがナチスに対して宣戦布告した事をラジオで聴き避難するのを止めます。

シュピルマンはドロタを連れて食事に行こうとするがワルシャワはナチスに占拠され「ユダヤ人はお断り」と紙が貼られていました。

1939年にはワルシャワ地区では12歳以上のユダヤ人に、白地に青いダビデの星が描かれた腕章を右袖につける事が強制的に決まりました。

街を歩き挨拶がなかったり目立つような行動をとればナチス親衛隊に容赦なく暴力を振るわれました。

1940年までにワルシャワ市内にいるユダヤ人は全員ワルシャワ・ゲットーに移される事が決まりシュピルマンはいつかまた会う約束をしてドロタと別れます。

 

絶滅収容所

狭いエリアにユダヤ人が押し込まれた事でユダヤ人警察は人手が足りなくなります。

シュピルマンの家族は警察にならないか誘われるがナチスの奴隷となり仲間のユダヤ人を陥れる事などできないため断ります。

1942年、シュピルマンや家族、その他大勢のユダヤ人は財産をすべて没収され強制労働所に移送するため集められます。

しかし行き先は労働所ではなく絶滅収容所でした。シュピルマンは知り合いであるユダヤ人警察に救われるが家族全員と離れてしまいます。

 

反乱

ゲットーに残ったシュピルマンは慣れない肉体労働を強制され倒れてしまうが仲間に救われ食料調達の仕事に回されます。

市場で古い友人であるヤニナを見掛けるがユダヤ人を助けると死罪なため声を掛ける事が出来ませんでした。

ワルシャワから出る貨物列車に乗ったユダヤ人はほぼ絶滅だと知らされたシュピルマンは生き残ったユダヤ人が戦う準備をしている事で協力します。

食料の中に銃を紛れ込ませてゲットーに運び続けたシュピルマンはヤニナと夫のアンジェイに匿ってもらいゲットーの壁の近くにある建物に隠れ住みます。

 

1943年、ナチスに対してユダヤ人が反乱を起こします。

シュピルマンは部屋から激しい交戦を目の当たりにするが長くもった大規模反乱も最終的にはナチスに制圧されてしまいました。

シュピルマンはユダヤ人である事が隣人にばれてしまい逃げ出します。

アンジェイから緊急の場合にとミルカの住所が書かれたメモを渡されており訪ねるとドロタの夫でした。

ドイツ陣営のど真ん中に位置し病院や都市防衛警察が近くにある建物の一室を用意され隠れ住みます。

しかし世話係として紹介されたシャワスの支援が徐々に無くなりシュピルマンは内臓疾患で倒れてしまいます。

シャワスは集まった寄付金を私欲のために貯め込んでいたと知ったドロタとミルカによってなんとか命は助かりました。

 

結末・戦場のピアニスト

1944年、ワルシャワ蜂起が起こすがまたも鎮圧されシュピルマンが住む建物はドイツ軍に包囲されました。

鍵が外側からかけられ逃げられないでいると爆破によって建物が崩れたことで部屋から出られるようになります。

死体のフリをしながら無我夢中で逃げ出したシュピルマンは廃墟の中で完全に孤立し何処を見渡しても人がいませんでした。

 

シュピルマンは食料をあさると缶詰を1つ発見するが開ける事が出来ませんでした。

どうにかして開けようと叩いていると、その音に気付いたドイツ軍将校ホーゼンフェルト陸軍大尉に見付かってしまいます。

殺されると怯えるシュピルマンはピアニストだと伝えると演奏するよう言われます。

ホーゼンフェルト陸軍大尉はピアノの腕前に感心しシュピルマンの隠れ場所を確認するとその場を後にしました。

ホーゼンフェルト陸軍大尉からパンとジャム、そして缶切りの差し入れを頂き、もうすぐドイツは戦争に負けるから数週間辛抱しろと言われます。

寒いからと軍服を受け取ったシュピルマンは戦争の終わりを告げるアナウンスを聞いて外で出ると久しぶりに人影を目にします。喜んで近寄るが軍服を着ていたためドイツ兵と間違えられ射殺されそうになるが「ポーランド人だ!」と必死に叫びなんとか助かりました。

シュピルマンはラジオで演奏していました。

音楽仲間のバイオリニストからホーゼンフェルト陸軍大尉から助けを求められたと聞いて調べるとロシアの収容所に送られていました。

その後、シュピルマンはワルシャワで暮らし2000年、88歳で亡くなり、ホーゼンフェルト陸軍大尉は1952年、ソ連の戦犯捕虜収容所で亡くなりました。

 

洋画
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