映画「あの日のオルガン」ネタバレ結末/子供達の笑顔を守る保母の使命

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作品情報キャストの紹介

山田洋次監督の下で修業を積み「ひまわりと子犬の7日間」で監督デビューした平松恵美子が久保つぎこの小説を戸田恵梨香、大原櫻子のW主演で映画化したヒューマンドラマ。

戸越保育所の主任保母は園児たちを空襲から守るため疎開保育園を発案、別の保育所・愛育隣保館の主任保母の助けもあり最初は子どもを手放すことに反発していた親たちも、せめて子どもだけでも生き延びて欲しいという一心で我が子を託すことを決意した。埼玉県にある受け入れ先の寺は荒れていたが保母たちは子どもたちの笑顔を守るために向き合う。しかし米軍の爆撃機が東京を襲来すると疎開先にも徐々に戦争の影が迫っていた

板倉楓(戸田恵梨香)野々宮光枝(大原櫻子)神田好子(佐久間由衣)山岡正子(三浦透子)堀之内初江(堀田真由)森静子(福地桃子)脇本滋(田中直樹)柳井房代(夏川結衣)近藤作太郎(橋爪勲)など

 

ネタバレあらすじ/あの日のオルガン

戸越保育所、主任保母の板倉楓は防空壕の中でも暗い気持ちにならないように影芝居をして和ませます。

空襲から子供たちを守るために疎開保育園を発案するが親元から離すのは子供がかわいそうだとして国からは閉鎖を指示されます。戸越保育所長の脇本もかけよってみるが「それならば幼児ではなく妊婦を優先させる」と言われてしまいます。

幼児なら一人、妊婦なら二人の命を守れるというのが理由でした。

それでノコノコ戻ってきたのかと楓は怒るが愛育隣保館の主任保母・房代は協力する言いパイプ役に野々宮光枝を連れてきていました。

 

子供を手放すなんて冗談じゃないと反対されるなか長崎の空襲で妻を失っている父親が賛成すると遠く離れても子供が生きる方を選ぶ親が次々と賛同します。

資金を得られ疎開に向けての準備が初まるがどこに疎開すればいいのか問題点にぶち当たります。

空襲に遭わない地方で空いている場所、そして地元の人達が食糧を分けてくれる場所、そんな都合のいいところがあるのだろうかと保母さん達は不安を抱えるが所長が「疎開先が決まったぞ」と興奮します。

「南埼玉郡平野町にある立派な寺だ」

数日後、楓たちは下見に行くが「酷いボロ寺」と思わず光枝は口にします。中に入ると蜘蛛の巣だらけでコウモリが飛んでいるしまつ、それでも楓はグズグズしている暇はないと言い修復作業に取りかかります。

とは言うものの拉致があかないので「どこが立派な寺なんだ、誰も住みたくないだろう」とストレスがたまり叫びます。

 

疎開保育園

1944年11月24日、東京にBー29の爆撃機による空襲が襲い200人が犠牲になりました。

翌日、53人の園児を託された保母さんたちは休憩を挟みながら寺に向かうが何にも片づいていないので何のための先発隊だったのかと楓は怒ります。

先発隊は荷物を運び入れるだけでも手いっぱいだったのです。

光枝(みっちゃん)はオルガンを奏で子供達から笑顔を引き出し、その間に保母さん達は必死で片付けを行ないます。

大勢いるのにトイレが1つ、ドアはあっても窓がない、いろいろ問題点があり議論を行なうが子供たちはスヤスヤ寝ていました。

文化的生活を目指すため一つ一つ解決し、親たちは届いた手紙で喜びます。

親たちも子供に会うため疎開先を訪ねてくるが帰るときにはやはり寂しく涙を見せます。そんな中、楓は規則を破って大久保だけ呼び止めます。

それは赤紙が届いた事を知っていたからです。

 

文化的生活

あまりに忙しく寝れることも出来ないで頭が真っ白になった保母の江川咲子は手紙を残し去ってしまいます。

貧血気味でよく倒れていたので文句を言う人はいません。

それよりも一番の問題点は「おねしょ」でした。毎朝、布団を干すだけでも手いっぱいです。ある日、光枝が一緒に寝たところ毎日おねしょしていた園児がしなかったので保母が交代しながら寝ればいいのではと意見が出されます。

楓は自立性を育てる本来の教育方針に反すると思うが園児が嬉しそうだったと聞いてやってみる価値はあると思います。

母親代わりに保母がねると、おねしょの回数が劇的に減り安堵します。

 

保母の好子が世話係・作太郎の次男・信次と仲良くしていたので地元の園児たちから石が投げ込まれ冷やかされます。

「余所者を入れるから騒動が起こるんだ、そもそも負傷兵として戻ってきた真司は色気を使われた被害者だ」など苦情が起こるようになり、楓は好子はそんな人ではないと知っているが子供達を守るためには地元から受け入れられなければならないので要望通り好子を1度東京にもどします。

好子は「必ずまた戻ってくる」と受け入れ東京に戻るが実家が焼けていたので叔父の家でお世話になります。

光枝がいなくなり保母さんたちは浚われたのではないかと心配するが森の枯れ葉ベッドで寝てしまっただけでした。

「どれだけ心配したと思ってるの、あんたが子供に好かれるのはあんたが子供だからよ」と楓は怒ります。

2月になり好子が戻ってくる日だと光枝はウキウキしていたが爆撃に遭い亡くなったと知らされ保母一同悲しみます。

中には自分たちもいつ被害に遭うか分からないからと子供を育てるための金を預けようとしてくる親もいたが楓は親子で暮らせる日が戻ってきますとお返しします。

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東京大空襲

財団の所用で楓は東京に出掛けていくが3月10日、深夜0時過ぎから2時間半かけて東京大空襲がありました。

火傷を負いながら戦火を逃れた楓は疎開保育園に戻るが何人もの親御さんが亡くなったので自分たちがやっているのは正しい事なのかと迷います。

楓から話を聞いた保母さんがそれぞれ子供達に伝える中、好子が亡くなってショックを受けて寝込んでいた光枝にも健一郎へ話す役割が託されます。

光枝は逃げずに泣きながらすべてを健一郎に伝えました。

脇本が止めると言いだし「ここを見付けて来たのは所長なのに何で押し付けて止めるんだ」と楓は怒るが赤紙が届いたのだと知らされます。

楓も精神が限界に来ており「だったら私も止めます」とわがままを言うが「何が正しいか今は分からないよ、でも君は大切な命を未来へ繋げるんだ」と言われます。

日本都市の大半が空襲の被害に遭っていたが疎開保育園には春が訪れ、村人と仲良くして文化的生活を守るために努力してきました。

やがて夏、ついに埼玉にもBー29がやってくるようになり警報が鳴るようになります。

 

結末/あの日のオルガン

3月10日の大空襲で楓は家族を失っていたが親御さん達が無事なのか回ってから疎開保育園に戻ってきていました。

警報が鳴り保母さんたちは子供を起こしにかかるが遠くで炎が上がっているのを目にした楓は「もう無理、防空壕に行っても無駄、どこへ行ってもやってくる」と嘆きます。

8月14日の深夜、爆撃機は熊谷市を襲い266人が犠牲になりました。

翌日、日本は無条件降伏し戦争は終わりました。子供達は少しずつ疎開幼稚園から去って行きました。

3ヶ月後、残っている子供は二人だけだったが帰還兵の父親が迎えに来たことで楓たちは喜び笑顔で見送ります。

役目を終えた楓は声を出して泣くと「楓さんが泣いてる」とつられて他の保母さん達も泣き始めました。

1945年3月10日の東京大空襲で亡くなった10万人の中には多くの未就学児が含まれていた。保母達は53人の幼い命を救った。疎開保育園に参加した保母とかつての子供たちの交流は今も続いている。

 

 

感想/あの日のオルガン

あのまま東京にいたら大空襲の被害に遭った確率は高いと思われるのでとても意味のあることだったと思います。

ただ、映画としてはもうちょい背景にある戦争を描いて欲しかったかな。

子供達も親から離れ悲しそうな場面もほとんどなかったし、戦争映画というよりはドラマでしたね。

映画としては私的には物足りず、保育士が園児を連れてお泊まり会にでも行っているだけのようにも見えてしまう。しかし実話ということで、落ち着きがなく集団行動がまだ出来ない園児を疎開させるのはおそろしく大変な事だと思うし何も知らなかったので見てよかったと思いました。

 

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