「 海賊とよばれた男 」 < ネタバレ・あらすじ > 油持ってきたけ〜 !!石油は国に血液、メジャーに抑えられてたまるか!!

 

海賊とよばれた男 [Blu-ray]

 

監督 = 山崎貴

原作 = 百田尚樹

 

◆国岡鐡造(岡田准一)

◆国岡ユキ(綾瀬はるか)

◆長谷部喜雄(染谷将太)

◆武知甲太郎(鈴木亮平)

◆柏木耕一(野間口徹)

◆藤本壮平(ピエール瀧)

◆盛田辰郎(堤真一)

◆鳥川卓巳(國村準)

◆東雲忠司(吉岡秀隆)

 

百田尚樹による出光興産創業者・出光佐三をモデルとした歴史経済小説を映画化!

 

< ネタバレ あらすじ >

  海賊とよばれた男

 

(1945年8月17日  鐡造60歳)

終戦後、アメリカ軍の空襲により東京は焼野原となっていたが國岡館はなんとか残っていました。

生き残った社員は間違いなく解散だと覚悟していたが店主の国岡鐡造は「店員は家族、誰もクビにはしない。仕事がなければ作ればいい。もしダメだったらみんなで乞食でもしよう」と言いました。

鐡造は石統(石油配給統制会社)の鳥川社長を訪ね石油を融通してほしいと頼むが戦前に市場を横取りしていた恨みを買っており聞き入れてもらえません。

 

~独立した時のことを思い出す鐡造~

 

(1912年大正元年 鐡造27歳)

これから石油の時代がくると思った鐡造は木田章太郎の援助を受け國岡商店を立ち上げ機械油の売込み営業に専念していました。

士魂商才を胸に頑張っていたが袖の下要求や同業者の嫌がらせを受け経営がうまくいかず木田に謝罪します。

「金は貸したんではなくあげたんや。3年でダメなら5年、10年とやればいい。それでもダメなら2人で乞食にでもなろう」

気合いを入れ直す鐡造は軽油でも焼玉エンジンが動くことを確認し漁船で日邦石油内にだぶついている軽油を売ろうと思い付きます。

國岡商店の旗を揚げ「船だせー」と叫ぶ鐡造。

「油持ってきたけ〜」と海の上で油を売りまくると同業者が妨害しようと立ち塞がります。

鐡造は海の上は線引きなどなく正々堂々と勝負しているので止めることなく漁船で突っ切ります。

一気に繁盛し始めると漁船で働いていた長谷部や日邦石油の東雲が入店したいと訪ねてきます。また兄の進めでユキと結婚した鐡造は店員含め10名で家族のように暮らし始め國岡商店の前で写真を撮ります。

 

初心の時の気持ちを思い出す鐡造は諦めてはダメだと気合い入れます。

元海軍大佐の藤本が訪ねてきてラジオの修理をしないかと持ち掛けられます。藤本の靴がボロボロなのを見て何処へ行っても断られているのだろうと気付く鐡造だがGHQからの依頼という事もあり引き受ける事にしました。

鐡造は藤本自身が部長を務めることを条件にラジオ部を立ち上げます。熱意が足らないとガツンと鐡造に言われた藤本は簡単に修理できる事を証明し銀行からの融資を得ます。

その頃、旧海軍のタンクに残っている石油をすべて汲み上げて販売しても良いと石統から連絡を受けます。

GHQから輸入を再開して欲しければすべて空にしてからだと言われ鳥川は國岡商店に押し付けたのです。

復員してきた東雲たちが引き受けると石油は泥や雨水に混じりポンプで汲み上げられないと分かります。

「石油の仕事をしているんだ。ここには爆弾も落ちて来ないし弾も飛んで来ない」と東雲が話すと店員たちはやる気を見せます。

時には鐡造も自ら足を運び誰もやらない業務を国益のためだと気合いを入れ2万トンあった石油を2年かけてやり遂げました。

 

ある日、GHQの通訳をしていた武知が入店したいと訪れました。鐡造は採用を即決すると石統が國岡を締め出そうとしていると知らされます。

鐡造から頼まれた武知はGHQに働きかけ石油取扱業者選定要綱案にある國岡商店を排除するための一文を消させる事に成功するが國岡商店の働きぶりをもともとGHQは評価していました。

石油の輸入が再開され、それに伴って石統は廃止されることになり國岡商店は正式な取扱業者となります。

 

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鐡造はメジャーと戦った満州での出来事を思い出します。

 

(1917年12月満州 鐡造32歳)

鐡造は長谷部と共に満州へ売込み営業を開始すると満州鉄道の職員から機関車の車輪が冬場に凍ると教えてもらいます。

帰還した鐡造はナフテン系をうまく調合し凍らない車軸油を開発しました。

ずっと仕事に専念しユキに構ってあげられなかった鐡造は満州鉄道本社から戻ったらゆっくり温泉にでも行こうと伝えます。

試験が行われメジャーの油を使用した車輪はすべて摩擦に絶えられなかったが國岡商店の油だけは無事でした。

完璧に証明できたと喜ぶ鐡造だったが、満州鉄道がメジャーからすべての取引をやめると圧力をかけられたため採用されませんでした。

また帰還すると「ずっと孤独だった」と置手紙を残しユキは実家に帰っていました。寂しい想いをさせていたのだと鐡造は後悔します。

 

國岡商店は大陸に販路を拡げ目覚ましい発展を遂げます。

 

(1941年12月 太平洋戦争勃発)

(1942年  鐡造57歳)

陸軍省に呼ばれた鐡造は石統が中心となって行う南方石油政策を見せられ意見を求められます。

戦争が終わったらそのまま居座るため役員クラスの人間が送り込まれていました。國岡商店に任せて貰えたら現地に乗り込む人間は200人、手の足りない場合は現地調達で賄えると伝えます。

計画案の10分の1であり驚く陸軍省は「1ヶ月で200人送りこめるか」と聞いてくるが鐡造と共に同席していた長谷部は一週間で大丈夫ですと答えました。

陸軍省は石統を切り捨て國岡商店に一任することを決めました。

しかし陸軍機に同乗していた長谷部は米軍の攻撃を受け亡くなり鐡造は愕然とします。

 

(1947年 鐡造62歳)

石油販売指定業者の資格を得た鐡造は今まで頑張ってくれた店員に頭を下げて感謝を伝えます。

メジャーの巨大企業から提携の話を貰い喜ぶ鐡造だったが「50%の株を差し出せ」と言われ「それは提携ではなく買収だ」と怒ります。

メジャーとの提携を断り馬鹿かと鳥川に言われた鐡造は「石油は国の血液だろ、それをメジャーに抑えられるのは避けなければならない」と答えます。

その言葉を聞いた鳥川は「あんた昔、海賊と呼ばれてたんだってな」と言いました。

 

大手の石油会社はすべてメジャーと提携を結ぶが3年後の1951年、鐡造は巨大タンカー「日承丸」を作り世界中何処へでも買付出来るようにします。

快進撃を成し遂げる國岡商店だったがメジャーの妨害に遭い徐々に取引を中止したいと電話が入り始めます。

石油の供給場所を失い店員たちは自宅待機となりこのままでは半年したら潰れることになります。

鐡造は生き残るためにはメジャーと無関係の石油が必要だと思い日承丸の船長・盛田にイランのアバダンに行くよう伝えます。

ペルシャ湾にはイギリス海軍がいてイランを封鎖しておりイランの石油を積んでいた船は次々と逮捕されていました。

出港する日承丸を見送る鐡造は「もし戻ってこなかったら死ぬ覚悟だ」と東雲に伝えました。

鐡造から電報が届いた盛田は船内放送でアバダンに行くことを乗組員に伝え鐡造の想いを伝えます。

イギリス海軍が撃沈される可能性もあるが戦争で生き残った乗組員は「やってやる」と社歌を合唱し一致団結します。

アバダンに近付くとイランの人々は大歓迎してくれます。

給油を終えた盛田はイギリス領のシンガポールがある海域を避け大回りしてスンダ海峡から抜けるよう指示します。

危険海域を脱出したかに思われたが前方にイギリスのフリゲート艦が現れ停船命令を発信してきます。

しかし盛田は「日本もイランも正式な独立国、英国が貿易に口出しするのは筋違いだ」と送り返しそのまま突っ込むとイギリス軍艦はギリギリで避け追ってくる事はありませんでした。

命懸けだった鐡造は重役や大勢のマスコミと共に喜んで日承丸を出迎えました。

「國岡のもんよ〜油持ってきたけ〜」

 

数ヶ月後、イランではクーデターが発生し國岡に協力的だったモサデク政権が倒されました。この政権崩壊はCIAが演出したと言われている。

 

(1981年 鐡造96歳)

病院の施設にいた鐡造にユキの子孫が訪ねてきました。

ユキの遺品の中には國岡商店が成し遂げできた新聞の記事と2人で撮った写真がありました。

ユキは愛想を尽かして出て行ったのではなく鐡造のために身を引き、そして老人ホームで1人で亡くなったのです。

鐡造は家族に見守られながらポンポン船に乗っていた事を思い出します。

ユキを含めた初期10人で社歌を合唱しながら鐡造は旗を振るのです。

「國岡のものが〜油持ってきたけ〜」

 

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