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「 ヒトラーに屈しなかった国王 」< ネタバレ・あらすじ >ナチスに降伏を迫られたノルウェー国王ホーコン7世の選択

実話映画

 

 

スウェーデンから独立したノルウェーの国王はナチスに侵略され究極の選択を迫られる!

本国ノルウェーでは7人に1人が鑑賞する大ヒットとなった。

監督=エリック・ポッペ

ホーコン7世(イェスパー・クリステンセン)

国民投票により独立したノルウェーの国王となる。

オラフ5世(アンドレス・バースモ・クリスティアンセン)

ノルウェー皇太子

マッタ(ツヴァ・ノヴォトニー)

ノルウェー皇太子妃

ブロイアー(カール・マルコヴィクス)

駐ノルウェーのドイツ公使

アンネリーゼ(カタリーナ・シュットラー)

ブロイアーの妻

ダイアナ(ユリアーネ・ケーラー)

ドイツ公使館秘書

 

<ネタバレ あらすじ>

ヒトラーに屈しなかった国王

 

1905年6月、スウェーデンから独立したノルウェーは国民投票によりデンマークのカール王子が国王として迎えられたが内閣と議会が国政を握っており形だけのものでした。

11月、カール国王とマウド王妃はオラフ王子を連れてノルウェーに到着するとカールはホーコン7世と改名し首都クリスチャニア(現在のオスロ)に即位しました。

 

1940年4月8日

オスロ郊外の王族移住区で孫と隠れん坊して遊んでいた国王ホーコン7世は領海内で船が撃沈されたと王子から聞かされます。

ナチスドイツの侵攻が開始され首相は外相が反対するために軍も動員しませんでした。そんな首相に我慢ならないオラフ皇太子は「王室だからって黙ってる事はない」と国王に訴えます。

オスロドイツ公使館ではイギリスとフランスの軍艦がドイツ船の輸送経路を封鎖するためノルウェー海峡に機雷を敷設したとラジオで流れます。

ノルウェーには関係ないと流していたドイツ公使ブロイアーだったがドイツ軍は翌日にはフィヨルドまで侵攻してきていました。

ヒトラーは沿岸に基地を設置し鉄鉱石も確保できる事でノルウェーを重要視していました。

ブロイアーはコート外務大臣を訪れイギリスの侵略から貴国を守るから抵抗はやめてドイツに協力するようヒトラーの要請を伝えるが、ノルウェーから見ればただの侵攻でありイギリスと戦えば両国が破滅すると反対意見を持っていました。

コート外務大臣は「他国の侵略に屈する国家は存在する価値がない」とヒトラーの言葉を伝え要請を拒否しました。

 

4月9日、ドイツ軍の攻撃に交戦するノルウェー軍だが圧倒的な軍事力でオスロまで侵略されてしまいます。

国王ホーコン7世は皇太子や政府官僚とともにオスロを離れハーマルへ向かう特別列車に乗り込みます。

本当に侵略されているのか?ドイツと交渉する事はできないのか?

国王と皇太子は訪ねるが「内閣にすべて任せて私たちは逃げましょう」とマッタ皇太子妃に言われます。

空襲があり列車が激しく揺れた事で侵攻されているのは事実なのだと国王は把握しました。

 

主要都市はドイツ軍に占領され侵攻する事を聞かされていなかったブロイアーは不満を持ちます。

ハーマル駅に到着した国王は兄が国王に就くデンマークが降伏したと知らされショックを受けます。侵攻に備えて軍を動員すべきだったと不満を持つ皇太子は軍の司令官に直接話した方が早いと言い放つが国王は「内閣に黙ってそんな事が出来るわけないし国内に軋轢が生まれる」と怒ります。

ノルウェーは中立でいるべきだと考えるブロイアーはオスロが制圧された事で「犠牲者がこれ以上でる前に交渉させてくれ」と訴えると司令官が到着すればノルウェーは完全に手に落ちると言われます。

首相が辞職の申し出を行うがハンブロ議長は内閣総辞職の申し出を認めないと決断し、それを支持した国王ホーコン7世は党派も派閥も関係なくどんな状況でも国を率いる責務があるのだから話し合うべきだ意見を述べました。

 

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ノルウェーから交渉を望むが武力行為の即刻停止が条件だと連絡を受けたブロイアーはすぐに兵士を止めるよう訴えるがハーマルへ出兵してしまいました。

ノルウェーの新首相になったビグクン・クヴィスリングがクーデターを起こし、

「イギリスが国の中立を侵し、旧政権は保護と協力を申し出たドイツに対して軍を動員する決断を下した。旧政権は逃亡し軽率な行動で国民を危険にさらしているので国民連合党が新たな政権をとる。政府官僚、公務員、兵士たちに告ぐ、君たちの職務や任務は新政府の指示の下にのみ与えられる」と声明を発表しました。

ブロイアーは素人で国民の支持もないクヴィスリングの動きを封じなければと思いリッベントロップ外相に連絡し「官僚たちが折れるのも時間の問題だが国民と国王から支持されていない首相では問題だ」と伝えます。

しかし、電話の相手がヒトラーに変わり「彼は首相に相応しい有能な男だ。助けてやろうとしたのに攻撃してきた政府と交渉する必要はない。官僚は忘れて王と直接話せ」と命じられてしまいます。

 

ドイツ軍はハーマルに向かっていると知らせを受けた国王と官僚は北部エルヴェルムのゴルデン農場まで逃げます。(オスロの北方140キロ)

皇太子はマッタに反対されるが自分は逃げて国民に戦えなんて言えないと兵役に就くと言い出します。また家族全員が一緒にいるのは危険だとしてハーラル王子をスウェーデンに逃がすべきだと話が持ち上がります。

国王は家族がバラバラになる事に反対するが子供たちを守りたいマッタは泣きながら「そうするべき」と答えました。

しかしドイツ軍が大勢向かっている事を知り別れを惜しむ暇もなくマッタや子供たちを車に乗せ見送りました。

 

4月10日、ブロイアーはなんとか国王と連絡をとりドイツ軍の追跡をやめるよう要求するが聞く耳を持ってくれません。

ミッツコーゲンでは追跡するドイツ兵と交戦した若い兵士たちが次々と命を落とすが「200人以上の機関銃部隊がいる」とはったりをかますとドイツ軍は退却しました。

オスロの北方204キロに位置するトリシルニーベリスンに到着した国王は官僚たちから交渉に行くようお願いされます。

皇太子は敵の罠だと反対するが交渉しか道は残されていないと訴えられると国王はこれ以上死者を出さないためにも王の務めを果たすと言いました。

 

国王ホーコン7世は「万が一に備えて覚悟しとけ」と皇太子に伝えエルヴェルムに向かいます。

ブロイアーもエルヴェルムに向かうが「上空に気を付けろ、攻撃を受けても知らないぞ」と軍曹から言われます。

 

「ドイツと協定を結びクヴィスリングを首相に据えていただきたい」

ヒトラーの要請を伝えるブロイアーだがクヴィスリングに関する言及だけ削除しており署名してくれれば彼は失脚すると言いました。

ヒトラーはクヴィスリングの擁立よりも国王との合意を優先すると確信しているので勝負に出たブロイアーだが「国民の意見が最も尊重される。私がここで決断を下せば民主主義国家ではなくなる」と国王は言いました。

 

降伏するか? 抵抗するか?

家族や国のためにどうすればいいのか・・・降伏など出来ないが拒否すれば多くの命が失われることになります。

最後に決断するのは政府であり、ドイツには屈しないと35年間貫いてきたので信念を曲げるつもりはないと伝えるが政府に強要はしませんでした。

「 私は国王としてクヴィスリングを首相に任命できない。たとえ政府が要求を受けたとしても理解はできるが国王を退く。そして王室を解体する 」

 

4月11日 国王が要求を拒否したことでドイツとの戦争が始まりました。

ブロイアー公使は東部戦線に送られるとソ連の捕虜となって8年過ごし1969年に死去しました。

皇太子妃と子供たちは終戦までアメリカに逃れ、

1940年6月7日に国王と皇太子はイギリスに亡命すると三日後にノルウェーは降伏しました。

抵抗を貫いた国王の決断は主権国家ノルウェーの民主主義国家の象徴となっています。

1945年5月8日、ドイツが降伏するとノルウェーに帰国するため王室一家はロンドンに集まり再会を果たしました。

1957年、国王ホーコン7世は85歳で死去しました。

孫のハーラル5世は現国王として祖父や父の信念を継いでいます。

 

 

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