ネタバレ含むあらすじを結末まで紹介していますのでご注意くださいませ。
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「トンイ」ネタバレあらすじ①モデルとなった淑嬪崔氏は悪女ではない。

韓国(中国)歴史ドラマ

 

作品情報とキャストの紹介

「トンイ」のネタバレと悪女ではないと思う持論

 

淑嬪崔氏がモデル

三大悪女の1人である張禧嬪の陰に隠れてしまっているが雑用係の下女から一気に19代王・粛宗の側室まで上り詰めた唯一の女性。

そして最も長く王位に就いた21代王・英祖の母親。

トンイ(ハン・ヒョジュ)

掌音院の奴婢から淑嬪まで上り詰める。

粛宗王の側室、英祖の母。

父親と兄の無実を証明するため宮廷入りし出会った王から寵愛を受ける。

粛宗王(チ・ジニ)

第19代国王、西人派と南人派による党派争いが最も激しい時代であり振り回されるがトンイをしっかり守る

チャン・オクチョン(イ・ソヨン)

賎民出身、南人派。世子を出産し禧嬪まで上り詰める。

朝鮮三大悪女の1人。トンイと敵対。毒薬により処刑。

チャ・チョンス(ペ・スビン)

剣契の頭目。トンイを妹のように守る。義禁府都事。

ソ・ヨンギ(チョン・ジニョン)

幼い頃のトンイを逃がす。誤解が解けトンイの側近の1人。捕盗庁の従事官、内禁衛大将。

仁顯王妃(パク・ハソン)

西人派。オクチョンの罠に嵌り王妃剥奪されるがトンイが無実を証明し復権。

病死するまでトンイを支える。

チャン・ヒジェ(キム・ユソク)

オクチョンの弟。姉を王妃にするため裏で汚れ役に徹する

チョンイム(チョン・ユミ)チョン尚宮(キム・ヘソン)ポン尚宮(キム・ソイ)

トンイの側近。観察府

ファン・ジュシク(イ・ヒド)ヨンダル(イ・グァンス)

掌音院の直長と掌音院の音師、トンイの側近

 

「トンイ」全話のネタバレの前に、

モデルとなった淑嬪崔氏はどんな人物だったのか?

実は悪女だと最近になって言われているがただの噂だと思う私の持論を是非お読みになってください。

「そんなのいらん!!」って方は悲しいですが飛ばしてください(涙)

 

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淑嬪崔氏とは?(諡は和敬)

1670年に誕生するが両親を早くに亡くし7歳で宮廷入りした。側室になった時に領議政を追贈された事で父親は崔孝元で間違いない。

水汲みなど雑用の下働きムスリ出身だという説もあるが針房の女官だった説もある。というのもムスリ出身が王と顔を合わせるはずがないからです。

両親を亡くし行き場を失っていたところ仁顕王后の父親で戸曹判書の閔維重に保護された説もある。これは崔氏が仁顕王后の内人となり忠誠を誓って支え可愛がられていたからかもしれません

 粛宗との出会い 

支えていた仁顕王后が南人の策略により廃妃となり貧しい生活をするようになる。

彼女の安否を想い祈りを捧げていたところ、党派争いに悩み宮中を散歩していた粛宗の目にとまったと言われている。

そのあとすぐに、三大悪女と呼ばれる張禧嬪が王妃となった1689年頃、崔氏は粛宗の寵愛を受け承恩尚宮(従五品)、2年後には淑媛(従四品)となった。

長男を出産するもすぐに亡くなってしまい、仁顕王后が復位された年の1694年に次男クムを出産します。

(クムは1699年に延礽君に冊立され1724年に21代国王・英祖となる)

 

仁顕王后が復位できたのは西人派が復位させようと動いた事もある。

張禧嬪を立てる南人派が権力を強めだしたので偏らないために粛宗は牽制する意味で張禧嬪を降格させた。

崔氏はクムには庶民を第一に想う優しい男になって貰いたいと学問を学ばせ権力を振るうことがないよう厳しく育てました。

クムを出産した年、淑儀(従二品)となり、1695年貴人(従一品)となる。三年後に三男を出産するが三日で亡くなってしまいます。

粛宗が魯山君を復位させ端宗という諡号を贈った翌年の崔氏は1699年淑嬪(正一品)となりました。

1701年に昌慶宮・景春殿で仁顕王后が死去すると、西人派は張禧嬪が巫女を宮殿に招いて呪ったのだと証拠を差し出すと粛宗は張禧嬪に賜薬を命じました。

ここで西人派が権力を得るかに見えたが「老論派」と「少論派」に分裂して対立。

崔氏は王妃になる事はなく、1704年に延礽君(クム)を新たに迎えた王妃に託し本宮の昌徳宮を離れて梨峴宮に居所を移します。(淑嬪房と呼ばれるようになる)。

1711年粛宗の命で延礽君と暮らし地位や名誉に溺れないように厳しく育てるが1718年に病死。

 

淑嬪崔氏は悪女じゃない

「トンイ」がヒットしたため国民から「尊敬される人物・憧れる女性」と人気が爆発しました。

しかし、実は「トンイ」がスタートするまでほとんどの人が無知であり、彼女の資料がほとんど残されていなかったためずっと無名だったのです。

英祖が83歳と長生きし52年と王位に就いていなかったら誰も注目しなかったかもしれない。

 

ちなみに粛宗は46年と2番目に長い王位期間。この時代にはとても珍しく父親である18代王顕宗は妻が明聖王后ただ1人だったため粛宗は13歳で即位しました。討伐争いが激しかったが王権を安定させるために努力し商業面では大きな功績を残したが側室などの争いにはまったく把握出来ていなかったと言われている。

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悪女だと疑われる理由

●三大悪女の一人、張禧嬪の朝鮮実録が完成したのが英祖の時代であり母親が対立していた事から悪く書かれたのではないか。

●女に弱い粛宗を誘惑したのではないか。

●王妃の座を狙い張禧嬪が呪って仁顕王后を死に追いやったと罠に嵌めたのではないか。または息子を世子にするため。

 

◆すべては淑嬪崔氏が謎の女性であり資料がほとんど残されていない事から見方を変えて悪女だと言い始めた可能性の方が高いと思う。

 

悪い人ほど強烈に心に残るものであり淑嬪崔氏が悪女だったらはっきりと記録に残っているはずです。

英祖の時代に張禧嬪を悪く書き母親の悪事をすべて消したとも言われているが、そもそもそんな事は王様といえども勝手に出来ないことであり、それこそ書き換えたという記録が残されるものです。それに淑嬪崔氏の資料はほとんどありません。もし張禧嬪を悪く書くのなら母親の事はよく書き換えるはずです。

粛宗が散歩する時を見計らって誘惑など不可能な話。王のスケジュール、ましてや夜の行動など把握出来るわけがなくムスリなら王の顔を拝む事すら出来ないでしょう。

やはり張禧嬪の策略により廃妃されてしまった仁顕王后から紹介された可能性が一番高いように思う。張禧嬪を立てる南人派から一掃される事を警戒した西人派も協力したはず。

息子を王にするために張禧嬪を嵌めたという噂もないと思う。現に後の20代王景宗は母親である張禧嬪が賜薬に処されても3歳の時に世子になっており王になっている。

また英祖が粛宗に似ていない事から父親が違うと噂が立ったのは病気がちな景宗に変わり世弟である英祖に代理で政をさせようと老論派が動いたからです。景宗を支える小論派が流した噂に過ぎないと思う。

皆が権力を欲しがり人が変わってしまう時代ではあるが資料が残されていないのは淑嬪崔氏が権力に溺れることはなく普通だったため記憶に残らなかっただけではないだろうか。

張禧嬪が宮廷入り出来たのは南人派の力だけでなく人格者である仁顕王后が手を差し伸べてくれたからなのに感謝するどころか粛宗の寵愛を受けて権力を横暴し廃妃に追いやるなんて話になりませんよ。確かに三大悪女とまで呼ばれるほどではないとは思いますが・・・。

私は淑嬪崔氏は「トンイ」に近い人物像だったのだろうと思います。

 

ネタバレ・あらすじ「トンイ」

粛宗7年(1681年)。

大司憲(司憲府”役人の違法行為を監督する官庁”の長官)のチャン・イッコンがサムバンの渡し場で襲われました。

第一発見者である泮村(パンチョン)に住むトンイは捕盗庁(犯罪を取り締まる官庁)に報せました。

従事官(捕盗庁の隊長)ソ・ヨンギはトンイの父親である仵作人ヒョウォンにイッコンの死体を調べさせました。

南人の高官が3人殺されヨンギは追い続けている剣契コムゲ(賤民たちの秘密組織)の仕業だと疑うがオ・テソクが企てた身内の陰謀でした。

トンイの父親ヒョウォンと兄ドンジュは実は剣契であり何者かが罪を着せようとしていると警戒します。

トンイは鞄の中に義禁府(重罪人を取り調べる官庁)のカン武官の名札が入っているのに気付きイッコンが死に絶える前に手で掴んでいた物だと思い出しヨンギに渡しました。

ヒョンウォンは朝廷の高官を殺し剣契に罪を着せようとしている犯人を突き止めるため同志を集めました。

またドンジュはトンイを保護し、剣契でもありドンジュの親友のチョンスはトンイの後をつけていた者を始末しました。

義禁府に疑われているヒョウォンは西人勢力の仕業かと思ったが殺された3人の南人は身内の不正を調査していた事が分かり同じ南人の仕業だとヨンギに伝えました。

剣契はヨンギの父親が狙われていると知り助けに行くが、これは罠であり到着した頃には殺されていました。

隠れていた義禁府はオ・テソクの甥オ・ユンが率いており捕らわれたヒョウォンとドンジュは罪を着せられ剣契だとばれてしまいます。

またトンイは何も知らずに問安婢(夫人に代わって正月の挨拶をする下女)としてオ・テソク邸を訪れてしまうがチョンスに助け出されます。

チョンスはアジトに戻ると襲撃されておりヒョウォンとドンジュが捕らわれて連行された事を知ります。

父と兄が剣契だと知らなかったトンイはチョンスから船に乗せられ都を離れます。

処刑されると知ったチョンスは剣契の残りの同志と供に護送の隊列を襲撃し助け出すが大勢の兵に囲まれてしまいヒョウォンとドンジュは複数の矢に倒れました。

剣契が逃げたと耳にしたトンイは船を降りてしまうが父と兄が殺されたと知りチョンスも崖から転落します。

街を彷徨い行く宛がなく疲れ切ったトンイは激しい雨にうたれ気を失います。

トンイは兄と恋仲だった妓生のソリに助けられ都を出る手配をしてもらうが父と兄の無実を証明するため宮殿に入りたいとお願いします。

大司憲が死ぬ直前に何かを訴えようとした手の動きと同じ動作をした女官を見付けたのです。

トンイは掌楽院(宮廷の音楽を担当する部署)の奴婢として働く事になりました。

続きはトンイが宮殿入りした6年後から

 

 

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